学習発表会

子供達の小学校で学習発表会があったので見に行ってきました。
1年おきに「舞台」「展示」があって、今年は「展示」でした。
息子@小4、親友Kくんのお誕生日のお祝いでKくん宅へお呼ばれしたので、親子で行ってきました。
プレゼントは先日のデザフェスで購入した紙で出来ているナナフシの模型。
素敵なランチをご馳走になり、美味しいケーキを食べてお祝い。なごやかでのんびりした雰囲気のお誕生日会でした。
これだけ波長の合う友達はいないなぁと思える大切なお友達同士。
仲良くしていってね、と願う母なのでした。
春休みの話ですが、東京・国立科学博物館で開催中の「大恐竜展~知られざる南半球の支配者~」に息子のお友達母子と私達母子で行ってきました。
何度か行った恐竜展で最近は5年前!の幕張メッセでした。5年ぶりの恐竜展観覧だったのですね。
今回の展覧会は副題にあるように南半球で発掘された恐竜の化石の展示が主なものです。
2億年前に存在した超大陸「パンゲア」がローラシア大陸とゴンドワナ大陸に分裂した頃に生息していた恐竜たち。
気の遠くなるような長い長い月日を超えて、その化石が見られることの驚きを感じることができる展覧会です。

春休みということもあって、入場待ちの列が作られていて、その日は入場40分待ちでした。前売り券を買ってきていてよかったです。
春の上野公園は緑が美しく、少し汗ばむほどの陽気で、さほど待つのに辛い思いはしませんでした。少し遠くに"科博"のシンボルの大きなシロナガスクジラのオブジェが見えて、楽しく待つこともできました。
いよいよ展示場です。ちょっと驚いたのは動画とフラッシュが禁じられていたけれど、撮影は自由だったこと。
堂々と携帯やデジカメで撮影することができるのは面白かったです。
今回は比較的復元が多く展示されていました。復元は一部が本物の化石で、あとは研究によって形を考えて作った部分と組み合わせたものだと思います。レプリカは全てが作り物。その違いは、化石を楽しむ上でとても大切ではないかと思います。
発掘した状態での化石(一部復元含む)もあり、そういうところから立体的に骨格標本として復元する、というのはとても大変な研究と作業になるのだろうなと思いました。
この展覧会の一番の目玉は、アルゼンチンで発掘された「マプサウルスの親子」展示。
一般的に大型の肉食恐竜は単独行動をするといわれていますが、この標本で親子での行動が裏付けられたのだとかで、親子で仲良く歩くような展示になっていました。本当にそうだったかは分かりませんが、もしそうなら数億年前でも親子での行動、子育てが行われていたことがあったんだと知ることができ、なんだか嬉しい気持ちになりました。とは言っても肉食恐竜ですからね・・・。発掘時には別の恐竜を餌として食べた跡もあったそうです。
今回の展示は、そういった南半球の恐竜の化石が現代ではまったく離れている南アメリカ大陸とアフリカ大陸の両方から同じ種類で発掘されていることから、ゴンドワナ大陸がかつて存在し、今はそれが二つに大きく分裂した証拠として提示されていることを意味するものです。
人類の起こりは約500万年前。
人間がこの地球上で文明を持って暮らし始めたのはおよそたったの1万年前、それよりもずっとずっと悠久の時を超えた2億年前とも5億年前とも言われる頃に暮らしていた恐竜たち。
そんな大昔のことを発掘という地道な作業を繰り返しながら、懸命に知ろうとする人間とは、なんと不思議なものなのだろうと考えてしまいました。
子供たちにとっては「きょうりゅう」という不思議な生き物がかつてこの地球に存在していて、今はいない、ただそれだけくらいにしか思っていないかもしれませんが、いつかこんな生命の不思議、地球や宇宙の不思議に思いをはせてくれたらいいなと願っています。
娘と私が好きだと思った恐竜はこちら→
翼竜(名前を失念!)。
頭がすごく大きいんだけど、これはトサカみたいなものでしょうか。こんなに大きな頭部に比較して脚部分のなんときゃしゃなこと。
あまりにも可愛くてずっと観ちゃいました(^_^;
お土産コーナーでは、巨大なガチャポンがありました。
これは恐竜の消しゴムフィギュアが入ったスーパーボールなのだとか。
息子が低学年くらいだったら真っ先に買っていそうだけれど(^_^;、今回は見向きもせず、アンモナイトの化石を購入していました。
一緒に行った友達は「博士」と呼ばれるほどの科学少年。
会場内でも二人で一生懸命に観ていました。
これからもこういった方面での友人を大切にしてほしいと願う母なのでした。

娘@小6が大切にしていたハムスターの「そら」が星になってから3ヵ月半ほど経ちました。
四十九日もバレンタインデーに過ぎ、そらのお墓に撒いたひまわりの種から芽が出ていることを発見(!)した数日前、娘は新しい友達を迎えることを決めました。
そして今日、家族4人でペットショップに行って、新しい友達を我が家に連れてきました。
名前は「まめ太」。最初に見た時、豆のように真ん丸くなっていたから、ということでした。
我が家で飼うねずみ類で初めての男の子です。生後2ヶ月ほどのジャンガリアン。
1週間程度は慣れさせるためにそっとしておくことになっていますが、
人なつこいらしく、あまりおびえずに新しいケージで走り回っているようです。
春は新しい出会いの季節。
そらのお墓に芽吹いたひまわりの二葉を見ながら、そらが引き合わせてくれたのかもしれないね、と微笑んでいます。
長生きしてね、まめ太。
補足1・うちのダンナさんは「ウニ」という名前を付けたかったそうで、これからも「ウニ」と呼ぶらしいです(^_^;
うちのダンナさんのブログでは動画も見られます。→ n brane theories「新しい家族が増えました」
補足2・たぶん私以外の家族は皆「新しい”家族”」だと認識しているのだと思うのだけれど、私はどうも動物が苦手なので、お世話したり可愛がったりすることができません。これまでのハムスターやスナネズミたちもほとんど触れたことすらできなかったから。それで私にとっては”家族”というより”友達”なのかもしれないな、と思っています。でも娘にとってはとても大切な家族に代わりはないのだとも思っています。
文化の日を入れた3連休に、地元の老人会主催の文化祭がありました。
子供会部門で出品を頼まれたので、家族4人で出品しました。
娘はミサンガ。
うちのダンナさんはアイロンビーズの消防車。もう3年くらい前に作ったものだけど、まだしっかりしていたので。
そして息子は、

セロハンテープだけで鳥を作りました。
タイトルは「セロハンテープ職人の鳥」。
親が言うのもなんですが、よくやりますよ・・・(^_^;
止まり木にとまっている鳥、ということだそうです。
ライトアップも自分で考えて付けてました。
職人さん、どんなふうに成長するのか楽しみです。
ついでに私はポップアップカードを作りましたが、基本中の基本しか使っていなくてデザインもなんだかダサい。切って起こして大変だったのに。精進します。
近所でハロウィンパレードがありました。
近くに住むSさんが音頭を取って、今年で2回目です。
うちの娘@小5とその友達4人が一番年長で、あとは未就園児まで40人近くが参加しました。
中心になる公園から周囲6軒のおうちを回ります。目印に、と今年はSさんちの息子さんが描いた絵に着色してポスターを作ってみました。
夕方まだ明るいうちから始めたけれど、本物のカボチャにカービングしてジャックオーランタンを作る!という凄い技をSさんパパが披露したり、バルーンアートをしたりしていたらあっという間に日が落ちてきて・・・。
うちは3軒目だったのですが、周りはもう真っ暗でした。
40人の子供達が一人ずつ「トリック・オア・トリート!」と元気よく挨拶?し、私は「ハッピーハロウィン!」と応えてお菓子のつまった袋を渡しました。
娘も息子@小3もちょっとだけ仮装したのですが、娘の友達たちは全然仮装はしなくて(もう恥ずかしいお年頃なのですよねー)、テンション低め?と思いましたが、お菓子をもらってとっても嬉しそうでした。
お菓子は私も1ヶ月くらい前から少しずつハロウィンものを集めたりしていたので、結構いろいろありましたが、息子の友達のNくんのママから差し入れしてもらったパンダチョコが一番可愛くてよかったです!
ありがとうございます>Nくんママ
6軒回って帰ってきた子供達はどっさりとお菓子をもらってきていました。
あまり豪華にすると来年大変になって続かないので、と量を少なめに、と話し合っていましたが、まとまると結構な量になりますねー。しばらくはおやつに困りません(^_^;
手作りのグミがあったりして、びっくりです。
Sさんご夫妻、企画運営お疲れ様でしたー!
先日、お姑さんから小包が届きました。
中には日常のお菓子や庭の畑でとれた芋類がどっさり。そしてたくさんの柿。
すぐに御礼の電話をしたら、なんだか恥ずかしそうに「その柿はね」とおっしゃいます。
よくよく聞いたら、娘@11歳が生まれた時に記念に植えた柿の木の実で、今年初めて食べられるほどたくさんの実がついたと言うのです。
たしかに生まれた時に「記念に木を植えました」と手紙が来たのを覚えています。
二人で「モモクリ3年カキ8年って言うけど、本当に時間がかかるのねー!」と笑い合いました。
お姑さんが、初めての孫だった娘へどれだけ思い入れてくれていたのかが分かります。
今では孫も5人に増え、夏休みには賑やかになるけれど、普段は独り暮らしですから静かな生活を送っているのです。
孫娘の成長を祈って植えた木に実がなって本当によかったなぁと思います。
そしてその愛情を受け取ってね、と娘にも伝えました。
娘は少し照れくさそうに笑いました。
また来年も柿がたくさんなりますように。
うちの娘はご当地キューピーを少しだけ持っていました。
「した」というのは、先日そんなことをmixiの日記にちょっと掲載したところ、10年来の友人であるwさんから「よかったら」と驚くほどたくさんのご当地キューピーを送ってもらったからです。
これまでに集めていたご当地キューピーたち。


横浜の桃まんキューピー。ラーメン博物館で購入。次がお友達の北海道土産、札幌ラーメンキューピー。


長野のりんごキューピー、SAで購入。千葉の菜の花キューピーは娘が移動教室で購入。


富山の白えびキューピー、観光館で購入。浅草の雷門キューピー、仲見世通りのお店で購入。
そして山梨のぶどうキューピー。こちらはお友達の夏休みの御土産。
ここにこの写真↓のような大量のご当地キューピーが送られてきました!!!!

びっくりです。感謝感激!一つ500円前後もするので、これだけの数・・・買い集めたとすれば本当に申し訳ないほどです。
wさんにメールしたら、ドライブ中に買い集めたものだということなのですが、うちの娘が喜んでくれれば、ということでした。なんと御礼をしたものやら・・・。とりあえずここにアップすることでひとまずの御礼といたします。
ありがとうございます~。
続きはここをクリック!↓

息子の自由研究テーマは「花火」。ということで、短絡的ではありますが、まずは「聞いてくる」ということから、墨田区両国にある両国花火資料館へ行ってきました。
靖国通りが両国橋を渡ると京葉道路に変わるそのすぐそばのビルの奥まったところに、小さな資料館がありました。中には係の年配男性が一人いらっしゃいました。その時は私達だけだったのですが、ほどなく3組の親子連れが入ってきたのでにぎやかに。
係のおじさんも一生懸命説明してくださいました。
まず基本的な花火の歴史は「隅田川の花火大会」が中心でした。
江戸時代から、と漠然と思っていたこの行事、実は八代将軍吉宗の時代の享保の大飢饉と疫病大流行の翌年に行われた「川開き」が元になっているのだとか。当時は20発ほどの、花も開かない単なる打ち上げものであったそうです。
現在のような華やかな色のある花火ができたのは明治になってから。
鎖国が解かれ、海外から様々な化学薬品が入ってきてからなのだそうです。
たとえば赤い色はストロンチウム、淡い青色はリン酸イオンの反応、というような感じなので、それらの火薬が作られる技術を持つようになってから広まったということです。
打ち上げ花火は「玉」と呼ばれる火薬が詰まった和紙でできた球状の物を打ち上げ筒に入れ、筒内にも入っている火薬の爆発で打ち上がり、空中で爆発する仕組みです。
玉の中には花火の光る元になる「星」という火薬の玉が敷き詰められ、内部で爆発するための火薬(割り火薬)で隙間を埋めます。この敷き詰め方は花火職人さんたちのまさに職人技ということなのだそうです。
その職人技の一つが玉の内側に星や割り火薬を敷き詰める際に別の層の星を詰めるために間断紙を敷くのですが、その敷き方も上手にしないといけないのだそうです。
そして玉を作る和紙は着火してから爆発するまでの時間などを計算して幾重にも貼られていきます。
これも「玉皮」と言って決まりがあるそうです。
花火を作るのは冬の間だということも勉強しました。
大きさもいろいろ。
3号サイズから大きな物は30号まで。30号ともなると、打ち上げの高さ600m、花が開く直径も約600mなのだそうです。隅田川の花火大会は、川幅などの消防法の制約があり(「保安距離」といいます)、5号まで(第2会場は2.5号まで)しか打ち上げられないのだとか。
東京湾の花火大会ならもう少し大きいのも見られるでしょうけれど、もしもっと大きな20号や30号を見たかったら、長岡や大曲の花火大会に行くしかなさそうですね。
花火が美しく打ち上がるには、そんな花火の玉作りだけでなく、打ち上げ方法・技術の発達も見逃せません。打ち上げ筒に玉を仕込み、予め筒に仕込んでいた火薬に点火し、飛び出させ、空中で花開くようにする、ということは簡単なようで大変な技術が要ることだと思います。
係のおじさんも「打ち上げ失敗で昔は多くの犠牲があった」とおっしゃっていました。
命懸けの中でこんなにも発達し、日本の打ち上げ花火の美しさは世界一だといえるほどになっていったのは職人さん達の日頃の努力と研究の賜物なのでしょう。
現在は単発で打ち上げるだけではなく「スターマイン」と言われる筒を組み合わせて次々と打ち上げる方法が主流となっているようです。こちらは先日見て感動した府中の競馬場での花火大会のように音楽に合わせて発射できるように電気点火と呼ばれる方法を用いプログラムされたものなのだそうです。
こういうのは現代的ですが、どんな打ち上げ方法にせよ、人を感動させる花火は花火職人さんと演出する人の技術とセンスが上手く融合しなければならないでしょう。
展示されている花火の模型の横に少し焼け焦げた玉がいくつか飾られていたのですが、それはこの花火資料館の説明をしてくださるおじさん達が、隅田川の花火大会の終わった直後の夜中から朝方にかけて、落ちているものを一生懸命集めてきたものなのだそうです。
打ちあがった花火の玉は開いた後、川に落ちていきますが、風向きによっては地面に落ちてきます。
ほとんどは大勢の花火見物客に踏みつけられてしまうのですが、運良くそのままの形を残しているものがあるのだとかで、おじさん達は必死になって捜し歩くのだそうです。
展示しているものは、もちろん丸いまま残っているということはないので、半分ずつになった玉を同じ大きさで似たものを集めるのです。
翌朝行っても地元の子供達に持って行かれてしまうから、夜中に行くんですよ、とおじさんは微笑んでくれました。

資料として興味深かったのは手書きのビラ「火ビラ」です。
写真が残っているのですが、印刷されたポスターではなく、1枚1枚大きく墨で筆書きしていくものです。
資料館の説明文によると「最初の1枚の墨がにじむと雨が降る」と言われていたようです。
風情ある資料だと感心して見入ってしまいました。

帰りは、両国橋をちょっと見てきました。
昔はここで二つの国(武蔵国と下総国)が分かれていたため両国と呼ばれていたのだそうです。
それで道の名前も靖国通りと京葉道路に変わるのかもしれませんね。
さて、花火の研究は一応ここまで。
この後、子供達と素直に帰らず浅草まで足を伸ばしましたが、それはまた別のエントリで。
お盆の時期をほんの少しだけずらして北陸へ。
毎夏恒例のうちのダンナさんの実家帰省です。
子供達は本当に「おばあちゃんち」に行くことを楽しみにしています。今年は1月に生まれたばかりの従弟に会うのも楽しみの一つだったようです。
今回は、関越自動車道~北陸自動車道で行き、北陸自動車道~上信越自動車道~中央自動車道で帰ってきました。スムーズさで言うとやっぱり関越-北陸ルートがいいですね。
年々出発が遅くなり(笑)、今回はお昼過ぎでした。でも渋滞がなかった分スムーズでちょこちょこ休みを入れながらでも19時過ぎには到着。さほど疲れもありませんでしたよ。
関越のいいところはSA・PAのサービスが充実しているところですね。
上里SAにはスタバがありました。トイレもきれい。
翌日は少し早いお盆のお墓参り。3つほど回りました。
米どころであるこの地は、暑い夏の風が吹き、広い田園風景がどこまでも広がります。
うちのダンナさんが子供の頃遊んでいた土地。私には懐かしさはないけれど、どこか遠い記憶の中にある子供時代を懐かしく思い出させてくれます。
ここは飛騨高山へ向かう高山本線が通っています。
時折列車がのどかに走っていきます。
本家にも立寄り、ずうずうしくもまた子供達は庭先の畑(と言ってもすごく広い!)のトマトやナスを収穫させていただきました。
昨年もお世話になったので、娘は「トマトのおじさん」と覚えていて、楽しいようでした。ほんとずうずうしくてすみません!でもこんなこと、こちらでは小学校の体験用の畑でくらいしかできません。その体験用の畑よりずっと広い庭先の畑。土地が豊かというのは本当にいいことです。
今年のお米の状態は良いようで「豊作」になるのではないかと本家の方がおっしゃっていました。
これから9月にかけての台風や冷害がなければいいなぁと思います。
この地はなんと言っても「水」が良いのです。北アルプスからの水は本当に冷たくて豊かで大きな川や用水がいくつもあります。東京に行かれたら水事情が乏しいことで驚かれるだろうと思います。

午後は甥姪も一緒に太閤山ランドのプールへ。
夏ピーク!という感じの暑さでした。流れるプールや波のプールも堪能し、子供達は大満足だったようです。
そして夜はネットでのお友達⌒(*^ー^*)⌒さんと1年ぶりの再会を果たしました♪
今回は富山湾の岩瀬浜海岸にほど近い「岩瀬カナル会館」に行きました。カナルとは「運河」という意味。
岩瀬浜海岸から運河が引かれ、マリーナになっているのでした。
⌒(*^ー^*)⌒さんから美ヶ原高原の御土産や子供達には花火セットまでいただきました。ありがとうございました(*^_^*)色々なお話をして時間はあっという間に過ぎてしまい、別れを惜しみつつまたの再会を約束して帰途に。⌒(*^ー^*)⌒さんいつもありがとうございます(^_^)♪
3日目は予定が変わったのでのんびり過ごしました。
お土産を買おうということで、ちょっと遠出。ご当地ものが欲しいので、またまた昨夜と同じ岩瀬カナル会館へ。富山は薬売りも有名。富山の薬が1包から売られていました。
娘はご当地ミッキー・ミニー、息子はガラス工芸の小瓶をそれぞれお友達に買っていました。
翌日はもう帰京です。
義妹一家が休みを取ってきてくれたので、一緒にお昼ご飯を食べてのんびり出発。
生まれた赤ちゃんは3人目で、生後8ヶ月。可愛かった~~~!
次に会うときはあちこち走り回っておしゃべりになっているんだろうなぁ。
ここ数年は嫁っぽいこと全然していなくて完全なお客さん状態。
お姑さんには申し訳ない限りですが、少し距離感があるほうがお互いにいいのかも。
子供達はそんなおばあちゃんが大好き。
また会いましょう。
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